僕の女子転生日記

そこそこの美人で中身バリバリ男子な僕の世渡り日記

芸術作品にうちのめされる快感

今週訪れた東京都写真美術館で出会った作品に圧倒されました。

山崎博がまっすぐな地平線で上下に分かたれた空と海をとった三枚の連作。展覧会で紹介されていた編集者の松岡正剛の言葉を引用します。

山崎が採用したのは、……被写体をもつしかない写真というものから被写体という意識を消してしまうことだった。それが例の、山崎を有名にした言葉、「コンセプトに写真を奉仕させるのではなく、コンセプトを写真に奉仕させる」という意味である。

たとえば杉本博司の同様の構図の作品が海や地平線の写真見えるのに対して、山崎博の連作は松岡氏の言葉のとおり海や空には見えず、カメラのレンズそのものを見ているような不思議な感覚に襲われました。こんな写真は見たこともない、どうしたらこんなものが撮れるのか、そしてなぜこんなにも美しいのかといった3点において会場に入った瞬間うちのめされました。

作品にうちのされる体験のある人は、とても幸せだと思います。こちらをうちのめしてくれるような作品との出逢いやそれに呼応できる感性のどちらもが、天からの贈り物ではないでしょうか。

著名な批評家のジョージ・スタイナーも優れた芸術作品の前で感じる畏怖の感情があって、それを一度でも感じたことのある人はとても幸せである、というようなことを著書の中で言っていたように記憶しています。ちなみに個人的には、「うちのめされる」と「畏怖」は異なる体験で、畏怖を感じる作品に出会う確率は非常に低く稀だと感じています。

せっかくアートにうちのめされることが可能な感性に恵まれているので、ぜひこれを活かした仕事をしていきたいと思っています。芸術で食っていく路線とは少し異なるのですが、実はコーチングという職業は感性が大いにものを言うのが醍醐味だと思っています。クライアントの方が今まで築いたこられた人生を芸術作品のように慈しみ、味わい、その低層に流れるご本人にもまだ見えていらっしゃらない意図を辿ることで人生の次の一歩を創り出す力になれることが多いと感じています。

もっともっと素晴らしい芸術に身を任せ、仕事も発展させ、自分の人生を力強く創出したい。欲望に忠実に歩みを進めていきたいと思います。

山本周五郎の「菊千代抄」

今回は山本周五郎の短編のおすすめです。大好きな作家の沢木耕太郎さんが編まれた短編のアンソロジー「おたふく」に収録されているものを読みました。

この物語の主人公は菊千代。武家の女性なのですが、訳あって男性として育てられました。初潮とともに自分が女性だと知った彼女が、自分のアイデンティティや生き方を模索する話です。解説に沢木さんが「男装の姫君を描きながら、それを読者サービスのエロティシズムとしてではなく、現代の用語を使えば『性同一性障害』に近い、ひとりの女性のアイデンティティーの危機の物語として提出した。」と書かれている以上に的確な評はないと感じます。

あえて付言するならば、この物語を廻しているのは誰なのかということ。解釈は読み手の数だけありますが、個人的には菊千代の幼馴染の半三郎だと思います。半三郎との相撲、彼が同行した馬での遠出、菊千代が半三郎を短刀で刺す事件、そして月日を経て偽名を名乗る半三郎との再会。物語が展開する要所には常に半三郎の存在があります。

半三郎はこの物語にとってどうして斯くも不可欠な存在なのか。それは、彼が裏切っている回数が最も多いからだと思います。菊千代さえも知らない彼女の秘密を知っていること。それを誰にも気取られていないこと。一度は死んだと思われていること。再び菊千代の前に現れるときは浪人のふりをしていること。裏切りが物語には不可欠で、裏切りの回数が多ければ大きいほどストーリーが面白くなると「ハムレット」を例に出して論じたのは、確かポーランド映画の巨匠アンジェイ・ワイダですが、この短編小説は菊千代と同等かそれ以上に半三郎という人物を必要としています。

現実世界で裏切られるのはまったく面白くないですが、物語世界では乙なものです。君もこの作品を読んで、心地よく裏切られてみませんか?

土方歳三という生き方

幕末は優れた人材が輩出した時期ですが、心に残る歴史的人物はいますか?

一人選ぶのは難しいですが、土方歳三はやっぱり凄いと思います。土方歳三をモデルにした作品は司馬遼太郎の「燃えよ剣」やアニメの「薄桜鬼」など、数え切れません。若かったっころの土方は武士や新撰組の副長になるとは思っていなかったと思いますが、それ以上にアニメの主人公になるとは予想だにしなかったことと思います。芸者からもらった数々の恋文を親戚に送って自慢した彼ですから、死後も尚モテモテな現状を彼岸でほくそ笑んでいるのではないでしょうか。

土方歳三は三十四年の短い生涯で、新撰組副長になり、蝦夷島政府陸軍奉行並になったという以上に、土方歳三になったのだと思います。そしてその自分の本領を遺憾無く発揮した完成した生き様に、僕たちは憧憬し、夢を見るのではないでしょうか。幕府を守るという大義は達し得なかったものの、個人としてのあり方の一つのテンプレートという大義を超越した普遍的な遺産を残した人物。それが土方歳三であり、彼の人気が今も絶えない理由だと思います。

BLが面白い3つの理由

ボーズラブを描いたBLのアニメって見たことはありますか?万人向けのジャンルではありませんが、面白いです。今回のブログでは見ようかどうか迷っている人向けに、僕がBLを面白いと思う理由を3つ紹介します。

まずは一般的なBLは異能力やバトルがなく日常での出来事を描いているため、心理描写が小説のように丁寧に行われているということ。

次に主人公の成長が、アイデンティティの変化という深いレベルで扱われていること。BLのカップルの片方は相手が現れるまで自分が男性を好きになるとは思っていないことが多いです。女性を好きになる男と、同性に恋をする自分とではアイデンティティが異なり、今の自分を肯定していくプロセスが描かれているところはライフコーチとして見ても面白いです。

BLはエッチな描写を含む作品もあることが賛否を分ける一因かとも思いますが、アダルトなシーンを入れれば入れるほど、心理描写もしっかりしないと作品が構造的に崩壊します。秀でたBLの魅力はそのバランスがしっかりとれているところにあると思っています。

ちょっとBLを見てみようかと思っている君に、僕の好きな作品をいくつか紹介します。

おすすめの作品や試聴した感想など、ぜひお聞かせください。

 

僕は美女路線を継続

姿は女性で内面は男性だと悟った時から、体には手をつけないという意思は明確です。トランスジェンダーの人にとって、外見をどうするかということは重要な選択です。こんな考え方もあるという一例として、僕の考えをまとめてみました。

まずは僕自身が生理学的な刺激に非常に敏感だと言うことです。ホルモンを摂取したり、外的な介入を行うことで現在満足している生体的なバランスが崩れることは避けたいと思いました。

さらに自分がゲームのキャラクターだったとして、内面と外観に違いがあるという初期設定なのだとしたらむしろその設定を楽しんでやろうと思いました。逆説的なようですが、以前は義務感からしていた化粧を最近は楽しんでいます。

加えて自分が電池だったとしたら、正と負の電極の差が大きいほど発生させられる電流の量は上がり、何かわくわくすることが起こるのではないかとも思います。内面は男らしく、外観は美しく磨きをかけていきたいと思います。

最後に自分の魂が転生するにあたって内面が男で外観が女だという選択をしたのだったら、それを尊重したいということ。結局僕はとても欲張りなんだと思います。男であることも女であることも全て手に入れたかったのだろうと。ジェンダーだけでなく、人生の様々な場面で陰陽のシンボル☯️のように均衡がとれたダイナミックな生き方を目指したいです。

新しい名前

トランスジェンダーだと友達に言うと、どんなことを聞かれると思いますか?

定番は、女性と男性とどちらが恋愛対象なのかということ。僕は多分、自分よりも男性的な男性とお付き合いしたいです。さりげにハードルが高めなことは認識しています。

予想外だったのは、名前は変えるのかということ。彩りと書いて「あや」という名前は気に入っているので変える予定はありませんが、はてなブログは音読みの「SAI」というニックネームにしてみました。

「サイ」という名前でまず思い出すのは高校の数学の先生です。先生は引き出しに鉛筆や定規を全て水平か直角に入れていらっしゃって、フリーハンドで完璧な円を黒板に描かれる神技を生徒は楽しみにしていました。そんな先生に、何故か初対面で「サイ」というあだ名を頂戴しました。後にも先にも僕のことを「サイ」と呼ぶのはこの人だけで、どうしてそうなるのか意味不明なものの、非常に可愛がってくださっているということは伝わってきました。

数学の問題が解けない時に教室で聞くのは恥ずかしいので、こっそり教員室に行っていました。とても分かりやすく教えてくださるのですが、その前に常にワンステップあったことを思い出します。じっと僕の顔を見て、「サイ、この問題が分からなかったのか?」と聞かれ、最低限でも頷かないと解説はしてもらえません。

最近になって、先生が伝えようとしていらっしゃったことが分かった気がしました。その頃の僕は全国模試が5位以内の完璧主義者で、自分ができないということに対する許容度が非常に低かったように思います。そんな中で、「分からなくてもいいんだよ。」ということを間接的に伝えようとしてくださったのではないかと。

そんな先生のくださった異名が、あの頃の私と今このブログを書いている僕をつないでいる。心強い気持ちになります。中田先生、本当にありがとうございました。相変わらず僕は引き出しの中はぐちゃぐちゃですが、心は昔よりもすっきり元気にやっています。

ある朝、目が覚めたら「僕」だった件

突然ビビッと閃きが訪れることってありませんか?

そんな感じである金曜日の朝、自分の内面のアイデンティティーは「僕」なんだという自覚と共に目覚めました。その契機となるコーチングのセッションを受けてから、三日目のことでした。

コーチングを受け始めてから四年目。その間、常に自分の中で蓋を開けないようにしている箱のようなものがあると感じていました。自分の宇宙の中心にあるその箱の中身は予想がつかないものの、周りにある余計なものが徐々に排除され、少しずつ確実に箱に近づいていく内面の旅。周辺の余剰がなくなったとき、先に進むために箱を開ける以外の選択肢がなくなりました。

ずっと喪に服しているような感覚があったのですが、一体誰のために何を弔っているのか。追悼しているのは自分の死のような気がするというような話をコーチングの先生としたものの、何故自分が死ななければならないのかは判らずじまいでセッションを終えました。

その三日後。感覚的には朝目覚めたら、という感じが一番ぴったりするのですが、実際はある晴れた午後に湖辺を散歩している時でした。ふっと頭の中に「私」ではなくて「僕」なんだという考えが浮かんだのは。とてもすっきりし、晴れやかな気持ちになりました。自分探しの旅も、大きな一山を越えたとも思いました。

自分の死を悼んでいる。39年間、僕としては生きてこなかったのだから当然のことです。同時に、今まで日常レベルで感じていた違和感やちょっとした困難に得心しました。たとえば学生時代に女子生徒に囲まれていた時は、自分はどう足掻いてもこの子達みたいにはなれない絶望感のようなものがありました。今だったら発想を転換して、両手に花の状況としてもっと楽しめます。

斯くして人生の再出発。心理学者のユングは自分らしく生きるのが人生後半生の課題と捉えていましたが、まさにそのタイミングだと思います。これから僕が僕として自分の足で歩いていく考えや過程を記していきたいと思っています。